クラシック始めました

クラシック初心者がクラシックを発見するブログ

ヴァイオリン教室25回目

1週間って早過ぎる。毎日練習しても6回しか練習できない。短すぎる。
本日のレッスンでは左手の形について指導がありました。指が指板に対して寝ている、指を起こしてみましょうということでした。それはあまり気にしてなかった。そうか、そういうことができてたから指の運びがまずかったのかも知れません。まあ、指の運びというほどのことはまだできてないんですが。

新しいチャプターは音符が多くて難し過ぎる気がする。なんでこんなに急に難しくなるのか。嘆いてもしかたないけど。

レッスン教室は幾つかスタジオがあって少年少女がエレクトーンをならったり、幼児教室なんかもやってるのですが、いつも隣でドラムのレッスンをやっていて小学4,5年くらいの少年がドラム叩いてるのです。それを見て「凄いなあ、親の影響で始めたんだろか」と思ってました。
今日、レッスンが終わってロビーに出るとその少年が一人でいたので「ボク、ドラム習ってるんやろ、格好良いなあ」と話かけたら、何とかフェスがあるから練習してる、ピアノもやってる、ということをわああと話してくれました。知らないおじさんに話しかけられて慌てたのかも知れません。

ヴァイオリン教室24回目

行ってきました。まずまずだったのではないでしょうか。課題も幾つかクリアできたし、新しい課題も提示されて、課題曲ももう一歩というところでした。なんかうまくいくとあんまり書くことがないというのがちょっと不思議。

同じ音階のスラーで両方に下線があるのと片方にしか下線がないのは、同じ音階、音符のスラーで下線があるのはポルタート、同じ音階でも2分音符から4分音符へのスラーの場合は片方にしか(後ろだけ?)下線がないということを習いました。

次回から新しいチャプターに入るのですが、テキストを見ると音符が密に並んでいてなんだか弾けるようになる気がしません。最初から怖気づいてもいかんとは思うけど、今までの譜面と音符の数が明らかに違う。でもまあ頑張ります。

先生の髪型が変わっていて幾分髪を短くされていたようでした。こういう時に「髪切った?」って気軽に言えるタモリは偉いと思う。

ヴァイオリン教室23回目

今週は1週間ぶりということで課題も少なめだったんですが、どうしてもできない課題があった。それはやっぱりペケでした。

スラーの次にまたスラー、ってのが続く課題なんですけど、弓を返す時にどうしても一旦間が空いてしまうんです。そこに休符があるかのようになってしまう。必然的に遅れてしまって慌ててぐだぐだになるというのが克服できなかった。
これについては同じ音でボウイングだけを練習してみましょうという先生からの御指導でした。
あーそうですよね。弓と同時に左手で目指す音を押さえようと思うから慌てるわけで、どっちかを簡単にしてみて練習すればいいんですもんね。こういうことに自分で気付くか気付かないかが早く上達する人とそうでない人の違いだろうなあ。まあ誰かと競争してるわけでもないからそんなに落ち込むこともないんだけど。

エーデルワイスという曲を課題で練習してるんですけど、ⅠパートとⅡパートがあるんです。平行して練習してるんですけど混ざるんですよね。ⅠパートとⅡパートがちょっと注意をそらすとごっちゃになる。で、それに気を付けないと、と思ってると他のことが疎かになる。自分の頭のメモリー容量がもの凄く小さいということに気付かされる。フロッピー・ディスクくらいの容量しかないんじゃないだろうか。

実験工房 NHK「現代の音楽」アーカイブシリーズ

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ライナーによると

1951年に開催された「ピカソ祭」を契機として、秋山邦晴、今井直次、北代省三、鈴木博義、園田高弘武満徹、福島秀子、山口勝弘、山崎英夫らは前衛芸術集団「実験工房」を結成した。

ということらしいです。武満徹以外の人は全く分からないのです。ライナーを読んでもわけが分からないのでこれ以上は紹介を差し控えます。自分が分かってないことを紹介しても何のこっちゃなので。

現代音楽と言われるジャンルの音楽だと思うのですが、現代音楽というと聴いたことがあるのはクセナキスくらい。あと幾つかは聴いた事があるんだけど名前も覚えていないし曲も覚えていないです。というか現代音楽の曲とか覚えられます?俺には無理。

何れもホラー映画のサントラみたい、という無能感想ではあるけれど、その不穏な雰囲気は嫌いじゃないんです。ジャズでもフリージャズとかあるし、即興、前衛、実験音楽というのはクラシック以外にもあってロック的なものは時々聴いています。ノイズミュージックなんかはその範疇に入るものだと思うので。

他の音楽では表現できない、絵画でいえば抽象画のようなイメージが湧きあがる音楽たちで、なぜかその訳が分からないところに魅かれる。聴きなれた音楽では味わえないイメージが湧きあがるからだと思います。
でもどこら辺が実験なのかは良く分かりません。聴く人が聴けば、これは実験的だというのが分かるのでしょうか。実験であることが分かるには基礎と広範な知識が必要だろうからまあ自分には無理ですね。

今回聴いたのは
武満徹

・ピアノのための「二つのレント」
・ピアノのための「遮られない休息」
佐藤慶次郎
・ピアノのための「五つの短詩」
・ピアノのための「悼詩」
・ピアノのための「内触覚的宇宙」
■鈴木博義
・二つのピアノ曲
■福島和夫
・アルト・フルートとピアノのための「エカーグラ」
湯浅譲二
・ピアノのための「プロジェクション。エセムプラスティク」

ヴァイオリン教室22回目

行ってきました。先週はお休みだったのに関わらずのこのこ出掛けたわけですが、今回はちゃんと教室に明かりが灯っておりました。第一喚問クリア。

スケール、エクササイズ、課題曲、弾いている内に段々左指のポジションが高くなっているという指摘を受けて修正しているつもりでしたが、慌てるとどうしても治らない。しかし今日のレッスンでなぜそうなってるのか掴めた感じがする。慌てると指を伸ばせるだけ伸ばしちゃうんですよね。初期の指が開いてない時の感覚がまだ残っていて、思い切り指を開かないとそのポジションに到達できないという感覚のまま弾いてる。まあ頭で分かってもそれを修正するには練習するしかないんですけどね。

移弦しつつスラーで弾くのがどうしてもうまくできないという質問に先生からは、移弦するタイミングの問題と最初の音の弦を勢いよく放しているせいというご指導を受けました。てっきりすばやく放さなければならないとばかり思ってた。弦をミュートしながら放すという感じかなあ。しかしそれはかなり難しそう。練習で色々試してみます。

いつも思うんだけど、レッスンで弾く時と家で練習してる時は違う感じがするんですよね。練習では音程が合ってる気になってるけどレッスンになると自分でもずれてるのが分かる。
サイレントヴァイオリンなので家ではアンプ、スピーカーに繋がないで練習してるんです。まあ練習するのは夜だからそうなるのは必然なんですけど。
レッスンの時はスピーカーに先生がつないでくれるので、そのせいかなという気がしています。アンプを通したからって音程が変わるわけじゃないだろうけど、何かが違う気がする。自分の出している音を聴くことはそれを修正するためにも大事だから。
アンプはないけれどサイレントヴァイオリンにはイヤホン端子があるのでそれで聴きながらでも違うかもしれない。これも練習で試してみる必要あり。

交響曲第5番/チャイコフスキー

 

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マリス・ヤンソンス指揮、オスロ・フィルハーモニック管弦楽団

クラシック専門の中古レコードCD屋に行って棚を見ていると、このチャイこフスキーの交響曲5番のCDが沢山ならんでたんです。色んな人、楽団の演奏が沢山あるということは名曲なのであろう、聴いて見なければなるまい、という感じで手に取った1枚です。

なんか凄いですよね。アホみたいな感想ですけど、なんか凄い。豪奢と言っていいのか、壮麗と言っていいのか、はたまた華麗と言っていいのか、そんな感じ。もの凄く巨大な建築物の中に迷い込んだような感じ。ポップミュージックの楽曲が建売住宅くらいの大きさだとすると、壮大な城郭を見ているような感じ。スケール感が違い過ぎる。

思うに、ポップミュージックで歌手がバックの演奏で歌うのとクラシックの楽団が交響曲といったものを奏でるのは物量が違い過ぎる感じがします。演奏者の数もそうだし、その楽器達、演奏する場所と設備、そして演奏者は研ぎ澄まされた演奏技術を持っているという形や数字では測れない量、全てにクラシックの方がお金がかかってる。
でもクラシックってスタジアムや屋外で何万人も集めて演奏できないでしょう?(そういうコンサートもあるのでしょうか)。CDだって人気歌手みたいにミリオンセラーがバンバンでたりする世界でもないでしょう。原価に対する売上みたいなことを考えたらポップミュージックの方が遥かに効率が高い気がする。経済原理性からいえばクラシックってとても不利な感じがする。逆に大衆音楽の隆盛というのはそういう経済効率の良さみたいなものに支えられているということもあるのじゃないか、みたいなこと考えました。

聴いていると映画音楽みたいでもあります。これは逆で映画音楽がクラシックに多大な影響を受けているということだとは思いますけど。
なんだか『風と共に去りぬ』みたいな昔の大作映画の音楽を聴いているようで、雄大な景色が思い描かれるようなそんな楽曲でした。

 

今回聴いたのは

チャイコフスキー
交響曲5番 ホ短調 op.64

ヴァイオリン教室22回目(?)

今週も、のこのこ出掛けました。
教室に就くと部屋が真っ暗で「何で?」って感じでしたが、ほどなくスタッフさんがやって来られて「今日はレッスンお休みですよ」と。「楽器持って何しにきたのかなと思って」とのこと。レッスンのない日にのこのこ出掛けてしまいました。
まあいいでしょう。練習不足の自覚があったので一週間余裕が出来たと思えばいいでしょう。良い方に捉えましょう。立ち飲みでビールをがばがば飲んで帰りました。

いま『エーデルワイス』って曲を練習してるんですが、この曲大好きなんです。映画『SOUND OF MUSIC』で流れていた曲で中学生の時に観てずっと好きなんです。
もうね、自分の弾けなさ加減に腹が立つ。エーデルワイスはこんな感じじゃないだろ!!!ってくらい腹が立つ。もう1週間頑張ります。

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